円城塔『エピローグ』

屍者の帝国』から3年を経て刊行された円城塔の現時点での最新長編である。

エピローグ

エピローグ

あらすじ

オーバー・チューリング・クリーチャ(OTC)が現実宇宙の解像度を上げ始め、人類がこちら側へと退転してからしばらく―。特化採掘大隊の朝戸連と相棒の支援ロボット・アラクネは、OTCの構成物質(スマート・マテリアル)を入手すべく、現実宇宙へ向かう。いっぽう、ふたつの宇宙で起こった一見関連性のない連続殺人事件の謎に直面した刑事クラビトは、その背景に実存そのものを商品とする多宇宙間企業イグジステンス社の影を見る…。宇宙と物語に、いったい何が起こっているのか?


「ストーリーライン」という言葉が作中に出てくる。
物語の流れを指していて、作中の別の物語そのものを物語中で扱うための概念である。

通常物語というものは一本の直線的なストーリーラインとして了解されるものだが、この作品はそのストーリーラインを織り合わせて作られた構造物として現れてくる。

あらすじで登場する「人知を超えたOTCからスマートマテリアルを奪取する朝戸連とこれまた人知を超えた"全体の250%をスマートマテリアルから作り上げられたスーパーロボットでウーバーメンシュで善悪の遥か彼岸に立っている*1"支援ロボット・アラクネの物語」「物理法則が相互に翻訳不可能な複数の宇宙を跨いだ人類未踏連続殺人事件の捜査を行う刑事的な存在クラビトの物語」といった様々なストーリーラインが並行して伸びていく。

そしてあるストーリーラインの上での出来事が別のストーリーラインの過去を改変してしまったり、またあるストーリーライン上での出来事の原因が別のストーリーライン上での出来事に帰されたり、さらにはあるストーリーライン上で別のストーリーラインそのものが飛び交ったりする。

糸を二次元的に織れば布になるし、三次元的に織れば立体的な編みぐるみに、さらに高次元的に織ればより複雑な構造物になる。
この小説はその糸を物語に置き換えたストーリーラインの高次元構造物だと考えてみると分かりやすいかもしれない。

そして作中に登場する「軌道ミシン」はアラクネ曰くストーリーラインを織っている。
そうするとこのストーリーラインの織物はそれ織る装置を自己の内に持つ自己生成的な構造であるということになる。
それによって紙に書かれた文字列から読み出されて読者の頭の中で展開する物語は、その物語自身によって独立して織り上げられるのである。

この複雑なストーリーラインの構造物はプロローグ(『エピローグ』のプロローグである)から展開していき、最後のエピローグ(『エピローグ』のエピローグ)で綺麗にまとめられる。
そうすることでこの構造の始端と終端を縫い止めてほつれないようにし、縫い物としての完成を見るのである。

このように一筋縄でも二筋縄でもn筋縄でもいかないメタ展開や再帰展開を多重に含んだ複雑な作品だが、他の小説では得られない体験を提供してくれるのは確かである。
円城塔の小説は大部分読んでいるが、この『エピローグ』は知的冒険という意味でも、SF的面白さという意味でも、また純文学としてもトップクラスの傑作だと思った。


以下は細部の感想である。

朝戸が滅び切った物理宇宙でOTCと戦闘する際に、キリストの聖遺物を組織培養して生成したキリスト砲弾がなぜかOTCに効くのでそれをぶち込んでいるというくだりが意味不明すぎて暫く笑い転げてしまった。

人間の認識を超越しているため姿すらもまともに捉えられないOTCとの戦闘(?)を描くこの章の雰囲気は、退廃した世界や認識を絶した戦闘が舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』の「ニオモ」の章を思わせてとても気に入っている。

その他にも実存することを販売するイグジステンス・アズ・ア・サービスや物語の登場人物を自動生成するイザナミ・システムやあらゆるチューリングテストをクリアするオーバー・チューリング・クリーチャやらとSF的哲学的メタ文学的概念がこれでもかと登場してくるので読んでいて楽しくて仕方なかった。

あと人知を超えて形容不可能な容姿をしているくせに甘味に目がないアラクネが可愛い。


余談だが表紙を描かれているのはハヤカワJコレクション版の伊藤計劃『ハーモニー』 野崎まど『know』などの表紙も手がけられているシライシユウコさんである。
以下のリンク先にイラストが掲載されている。
http://ui-uli.tumblr.com/


好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

know (ハヤカワ文庫JA)

know (ハヤカワ文庫JA)

*1:ニーチェのÜbermensch(超人)や主著の一つ『善悪の彼岸』を意識した表現と思われる。